(2009.10.16)

遠回りでも自分の夢にアプローチしていく
プランニング・ディレクター    松野智義仁さん    27歳

 ワンダフルワークス第4回目のゲストは、横浜市の都市ブランド共創プロジェクト「イマジン・ヨコハマ」の事務局長をつとめる、横浜出身のプランニング・ディレクター松野智義仁さん。松野さんは大学卒業後、電機メーカー、住宅メーカーでの勤務を経て、横浜のまちづくりに携わるようになりました。いろいろな業界を渡り歩いてきた松野さんに、コミュニケーションの秘訣を伺いました。

仕事の繰り返しの中で、もっとのびのびと仕事がしたいと思うようになった

質問
―「イマジン・ヨコハマ」はどのような取り組みをしているんですか?
松野さん
「イマジン・ヨコハマ」は、横浜の都市ブランドを市民のみなさんのおもいと力を頼りに作っていくプロジェクトです。「ワールドカフェ」や「つながりインタビュー」という手法を通じて、市民のみなさんとともに横浜について考え、将来に向けて横浜の魅力や価値を高め都市ブランドを構築することを目指しています。事務局では、情報発信やメンバーによるワークショップの支援、まちづくりの情報収集やイベントの企画運営などをしています。
質問
―この仕事に就くまでの経緯を教えてもらえますか?
松野さん
大学卒業後に電機メーカーに就職して、その1年後に住宅メーカーに転職して約2年働きました。2007 年にBankART主催の「アーバンデザインスタディ横浜」という横浜のまちづくりの研究会に参加したのがきっかけで、開国博Y150やイマジン・ヨコハマの取り組みに携わるようになりました。
質問
―これまでに2度転職したのはどういう理由があったんですか?
松野さん
電機メーカーの仕事も住宅メーカーの仕事もとてもやりがいがあったんですが、徐々に仕事の繰り返しのパターンが見えてきてしまっていました。それでもっとのびのびと仕事がしたいと感じ、社会人になってから離れてしまっていた故郷の横浜に戻り、街や人に対して何かしたいと思い始めたんです
質問
―最初に就職した会社は電機メーカーということで、はじめからその分野の仕事に就きたかったんですか?
松野さん
いえ、本当は航空管制官になりたかったんです。男の子はやっぱり乗り物が好きじゃないですか。乗り物の仕事をしたいと思って航空管制官を目指したんですが結局なれず、それで就職が決まったのが電機メーカーでした。配属された部書では、航空管制や高速道路など交通の仕事にも携わっていたので、そういう意味では意図していなかった方向から乗り物に関わる仕事もできていましたね。

人とのコミュニケーションが財産になる

質問
―今の仕事のおもしろさはどういうところにありますか?
松野さん
いろいろな人たちと日常的に話ができるのが楽しいですね。自分1人で仕事を進めようとするのではなく、自分の苦手な分野は他のスタッフの方にやって頂いたりしながら、全体の動きのバランスを取ることもやりがいがあります。
質問
―いろいろな人と話す機会が多いということで、元から人と話すのが得意だったんですか?
松野さん
特別そういうわけではありませんでしたが、住宅メーカーで働いていた時、家を建てるためには旦那さん、奥さん、子ども、みんなの意見を聞かないと良い家を建てられないので、たくさんの家族と話をしました。その時の仕事経験でコミュニケーション能力がついたと思います。
質問
―以前の仕事の経験が、今の仕事にも活きているんですね。コミュニケーションを取るコツはありますか?
松野さん
まずは相手の話をとにかく聞くこと。議論しようとするのでなく対話をしようと意識していれば、自分が話すことも相手に聞いてもらえると思います。あとはやっぱり、お酒を飲みながら話すことですね(笑)。居酒屋で繰り広げられる話が好きなんですよ。お酒を飲みながらだと話がよく進みますし、お酒もコミュニケーションする上で1つの大事なツールだと思います。
質問
―飲み二ケーションが人とのつながりを深めると。
松野さん
というよりも、お酒が1つのきっかけであってもいろいろな人とコミュニケーションをとってつながることで、それが自分の財産になると思います。

責任や不安を乗り越えて仕事を達成できた時、それが快感になる

質問
―松野さんはいろいろな業界での仕事経験がある中で、働くことの楽しさ、苦しさをどう感じますか?
松野さん
電機メーカーの仕事も住宅メーカーの仕事も、規模や予算が大きい分責任が重大で、お金の動きを気にしなければいけなかったのはしんどい部分でもありました。 でも逆を言えば、そこを乗り越えて仕事を達成できたときはそれが快感になりましたし、完成した家をお客さんに満足してもらえた時はうれしかったですね。
質問
―転職した時は不安ではなかったですか?
松野さん
次にやりたいこと、自分に何ができるかがその時には見えていたので、不安ではなかったですね。ステップアップするために転職をしたので、ポジティブにフィールドを変えることができたと思っています。
質問
―やりたいこと、自分にできることがなかなか見つからない人はどうすればいいと思いますか?
松野さん
まず興味のある分野についての情報を拾って、社会に出て行くルートを探っていくことだと思います。100の情報を得て100が役に立つわけではなくて、100のうちの5くらいが心を打つ。つまらないことの繰り返しの中に、たまにおもしろいと思うものがあると思います。情報を受け入れていれば道は徐々に開けて行くので、そこに出会うまでを辛抱できるかどうかじゃないでしょうか。
質問
―じっくりと状況を見出していくことも大切なんですね。では最後に、この記事を見ている若者に向けてメッセージをお願いします。
松野さん
大学を卒業してストレートな道を目指すのもいいですが、遠回りをして自分の道を周りから見つめて、そこから夢にアプローチしていくというやり方もあると思います。僕も最初は航空管制官になりたくて、でもそれがダメでメーカーに勤めたりしていた経験が、今になってつながってきているのを感じます。どういうことが趣味とか、大学で何を学んだかというのが決して全てではなく、幅広くやりたいことを探していくことも大切だと思います。
質問
―ありがとうございました。

>>イマジン・ヨコハマ - 開港150周年の節目に横浜の都市ブランドをみんなで創るプロジェクト -