社会に出る準備期間にいる若者は20代だけに限らず、30代から40代近くの人も増えてきています。就労支援の現場でいう「若者」の定義は35歳までを示すことが多いですが、実際の年齢はもっと引き上がり、高年齢化してきています。
支援者や当事者の家族が集まって30歳以上のひきこもりについて考えるシンポジウム「ひきこもり家族講座〜高年齢化する「ひきこもり」について考える〜」が横浜市開講記念会舘で10月7日に行われ、実際に参加してきました。「横浜市こころの健康相談センター」医療ソーシャルワーカーの木本克己さんをコーディネーターに、ひきこもり当事者の母親Aさん、「よこはま若者サポートステーション」相談員の岡本圭太さん、「横浜市泉福祉保健センター」医療ソーシャルワーカーの横山秀昭さんをゲストに招いてお話がありました。
ひきこもり当事者の母親Aさんの息子さんは36歳で、ひきこもり歴は13年。大学を多浪した後、他の専門学校や大学を受験しましたがうまくいかず、その頃から家にひきこもるようになったといいます。当初は家の中で家族と衝突することも多く、精神科を何度か訪れるも続かず、通うことを進めても反発があったそうです。ひきこもりが何年か続いて30歳を迎えた時は、このままずっと時間が経ってしまうんだ、どうせ働けないんだというような不安があったといいます。
それでも、ひきこもりの若者と家族を支援する「月一の会」に数年前から参加するようになり、そこへ行った日はスッとした顔をして帰ってくるようになったそうです。息子さんは気持ちが安定せずひきこもりながらも、やはり人とつながりたい、人が恋しい、という思いがあるのをAさんは感じるといいます。Aさんは、今は息子さんが自力で生活できるように家族で準備していく期間と考え、いつかは親に頼らずに生活していくんだよということを少しずつ促しているそうです。
「よこはま若者サポートステーション」で相談員として働いている岡本圭太さんは、自身もひきこもり経験者で、25歳までひきこもっていた後、家から出ることができても30歳になるまでなかなか働けなかったそうです。
岡本さんは、苦労しながらもひきこもりから抜け出し社会に出たきっかけを「自分1人の力で解決することをあきらめた」ことといいます。それまでは自分1人で何とかしようともがいていたのを、このまま自分1人では無理だと思い直し、誰かの助けを借りようと精神科のクリニックに行ったことが、その後の進展につながったそうです。
岡本さんは「25歳でひきこもりから出て30歳になるまでの間、昔の友人と自分を比較して何とかしなきゃと思うも、アルバイトをするにも年下が多い職場は居づらく、自分はダメなんじゃないかとなかなか一歩が踏み出せませんでした。それでも、とにかくいろいろな方に相談をすることで、人間関係やつながりが生まれてきた。初めは勇気がいりましたが、とにかく誰かに相談することが、一歩を踏み出すきっかけになったと思います」と話します。
参加者の方からの「子どもへの両親の関わり方をどうすればいいか?」との質問に対して岡本さんは、「当時両親は自分にあまり干渉せず、ひきこもりが甘えであると認識していました。それでも担当医からきちんと両親に自分の状況を説明をしてもらったことで、親に自分が本当に苦しんでいるんだいうことを知ってもらい、理解が生まれました」と話します。
決して1人で問題を背負おうとするのでなく、誰かに相談をすることで人とのつながりが生まれる。それは若者にとっても、家族にとっても同じことで、誰かに相談することでお互いの理解を深めながら、働き方を少しずつ探っていくことも大切なことなのだと思います。
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「横浜市こころの健康相談センター」医療ソーシャルワーカーの木本克己さんは「相談は相手を信頼できないとなかなかできないもの。家族や本人が孤立せず、相談できる環境を作ることが大切。その人が今働ける状態にあるのか、それともまず治療をする必要があるのかを把握して、働けるようになることだけを考えるのでなく、まずはその人なりの人生の目的や価値観を持てるように援助していけたら」と話します。
また、「横浜市泉福祉保健センター」医療ソーシャルワーカーの横山秀昭さんは「働くことが必ずしも自立であるかというと、それも変わってきているし、生活保護を受けているからといって自立でないかというとそうでもない。『自立』の概念も変わりつつあるので、そのために社会保障サービスや保護を活用しながら自立への道を見つけていくことも大切」と話します。